omamayとわたし(テキスト版)

 1
 わたしはその若者のことをヤマモくんと呼んでいた。だからここでもヤマモくんと書くことにする。
 ヤマモくんは教会のぱーきんぐ・えりあのまん中に座り込んでいた。にゅーすぺーぱーを取りに出たわたしが声をかけても顔をあげなかった。
 去年の夏は予定していたすべての行事が中止になった。地方から来る団体を送迎していたまいくろばすは2台とも整備に出してしまった。いつもよりぱーきんぐ・えりあがひろく見えた。ヤマモくんだけがそこにいた。
 わたしは転んだ子供に駆け寄る親のように近づき、膝をついた。顔を覗き込み、見つめた。
 鼻のあたりが少しだけ赤い気がした。わたしの目には泣いたあとのように見えた。ますくは右手で握りしめていた。なにか困ったことがあれば、できることがあればと肩に手を伸ばすとヤマモくんは、すっとうしろに身を引いた。
 ヤマモくんの顔は女のように長い髪で半分も見えなかった。それにまだ薄暗かった。夜が明けたばかりで太陽はまだ片瀬山の向こうに隠れていた。
 女のように。50を過ぎたわたしの目にはそう見えた。いけめんと呼ばれる男たちは、男のわたしに言わせればはんさむでもいい男でもなかった。中性的という言葉がなぜ男に対する褒め言葉になるのか。男なのにどうして女みたいだと言われて喜ぶのか。わたしには理解できなかった。男のことをかわいいと言う女が若いころから好きではなかった。
 ヤマモくんが30を過ぎていることはあとで知った。あー・ゆー・きでぃんぐ? わたしは本気で冗談だと思った。おふぃす・わーかーだと言うから、そろそろひとりで仕事を任せられるくらいの年齢。20代なかばくらいだと勝手に思い込んでいた。
 話しかけても返事がないので間がもたず、言わなくてもいいことばかりを3つも4つも言わされた。こんな時間にそこでなにをしているのかと聞いてもヤマモくんはなにも答えなかった。なっしんぐ、とその目は言っていた。
 仏の顔も3度ならぬぱーどれ。神父の顔も3度である。わたしは毅然とした態度をこころがけながらゆっくりと立ちあがった。

あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしは知らないと言うだろう。

 ルカによる福音書22章34節である。わたし「を」ではなく、わたし「は」知らない。なにも知らない。イエスが十字架にかけられる前、ペトロに預言した言葉を1文字だけ変えて言った。わたしは冗談というか、からかうくらいのつもりで言ったのにヤマモくんはひどくおびえた顔でわたしを見つめていた。
「けさは随分お早いんですね?」
 犬の散歩で通りかかったさゆりさんに声を掛けられた。珊瑚のねっくれすとかどりーむ・きゃっちゃーとか星砂とか、白っぽいものばかりを店の天井からぶら下げている土産物屋の女性である。さゆりさんと彼女のうしろをついてまわるこーぎーの気をヤマモくんからそらすためにわたしは川沿いの道に出た。
「いやなに酔っぱらいみたいで。そこで寝てたようです」
「そうだったんですね。わたしてっきり行き倒れかなにかかと」
「まあ似たようなものですけどね」とわたしが話しているあいだもさゆりさんとこーぎーはずっとヤマモくんの様子をうかがっていた。
「あら。立ちあがりましたよ」
 だいじょうぶそうですね。ではわたしはこれでとさゆりさんは川沿いの道を下流に向かって歩き始めた。つまりは江の島がある海のほうに向かって散歩を再開した。さゆりさんと年老いたこーぎーの背中がちいさくなったのを確認してからわたしは振り向いた。
 姿が見えなくなった。多少あわてたわたしはそのままくるっと1回転した。ヤマモくんはよろよろと、さっきさゆりさんが歩いて行ったのと逆の方向に向かって歩いていた。
 わたしは目を閉じた。そして暗唱した。ルカによる福音書10章25節。


ひー・せっど・とぅー・ひむ、彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思 いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」ひー・せっど・とぅー・ひむ、イエスは言われた。「ざっつ・らいと、正しい答えだ。どぅー・でぃす、それを実行しなさい。そうすれば(永遠の)命が得られる。」


 やっぱり来たか。放っておけなかったかとばかりにヤマモくんは橋をわたり切らずに待ち構えていた。ぱじゃまさんだる履きであとを追ってきたわたしを見つめた。
 外灯の火がいま消えた。わたしはわたしのこころと、精神と、ちからと、思いを連れてきてしまっていた。急に恥ずかしくなった。
 まだ朝になったばかりで車が通る心配がないのは知っていた。わかってはいたけどわたしはうしろを振り向かずにはいられなかった。
 橋のまん中に立っていた男はまごうかたなきいけめんだった。いけめんの定義がいまいちよくわからないわたしにもいけめんだとわかる。れべちいけめんだった。
 ヤマモくんは尻が隠れるくらいおおきめの黒いTしゃつに細身の黒いずぼん、黒いぶーつを履いていた。朝からぼーどを抱えて自転車に乗り込むさーふぁーのひとたちがなにがあってもしない格好だった。
「ところできみ。そのたすき掛けはなに?」
 わたしはようやく最初に聞きたかったことが聞けた。たすき掛けにした白いさてんの布に黒いいんくで書かれた英語の小文字がぱらぱらと並んでいた。あい・ゔ・ねゔぁー・しーん・びふぉー、見たことのない英単語だった。
「おー、ま、めい?」
 横書きの文字を読むうちに体が自然と横に倒れた。急に体操を始めたわたしに付き合い、体を横にしならせたヤマモくんと目が合った。
 破顔した。
 護岸に係留されていたしらす漁の船が出発した。境川の上流から朝の涼しい風が流れてきた。
 ぶかぶかのTしゃつを腰でしぼるように手をやり船の行き先を見つめている。ヤマモくんのほうから女がつけるような香水の甘い匂いがしていた。


 2
 次にヤマモくんが訪ねてきたときわたしは留守だった。学園の高等部で聖書の講義をする日だった。
 まだ5分もたってないからまだそこらにいるかもしれないと言われた。こういうときは連絡先のひとつくらい聞いておくものだとわたしはおおきな声を出した。
 飯野さんの驚いた顔がわたしを正気に戻した。この1ヶ月のあいだずっと自分を責めつづけてきた。ただの八つ当たりだった。
 講義から帰った服装(立襟の祭服)のままわたしはヤマモくんを探した。教会のすぐ隣りの学園のほうに向かってヤマモくんは歩いて行った。すれ違わなかったのが不思議なくらいだと飯野さんは言っていた。
 小田急線の駅に斜めに向かう道をわたしは急いで歩いた。学園の正門の守衛(木村さん)に会釈だけの挨拶をした。いつもなら世間話のひとつでもしてから通り過ぎるから様子が変だと思われたかもしれなかった。しすたーの誰かとすれ違わないことだけを祈りながら先を急いだ。
 ばっぐを持ってもいなければりゅっくを背負ってもいなかった。まくどなるどの紙袋を握りしめていたという飯野さんの情報だけが頼りだった。
 飯野さんは信者ではなかった。茅ヶ崎で焼き鳥屋をしている旦那さんが2世の信者、いわゆるぼんくり(ぼーん・くりすちゃん)だった。うちの教会で娘さんが洗礼を受けたのがきっかけで学童保育の手伝いをするようになった。
 イエスの言うところのえたーなる・らいふ、永遠の命の意味がわかるようなったらわたしも入信する。言われなくても自分から、ぼらんてぃーあに1軒1軒まわって、ぴんぽんぴんぽん鳴らして布教する。そんな日は絶対に来ないと確信した目で神父のわたしにそう言った。女傑である。教会で働く女たちの中にも飯野さんの信者は少なくなかった。
 汗で背中がぐっしょりになった。そのほとんどが冷や汗だった。このまとりっくすみたいな黒いろんぐ・こーとで出歩くのは教会と学園の敷地とその周辺だけにすると決めていた。住民の1割がさーふぁーのこの町では上半身裸で自転車に乗るより黒いこーとねくたいしたすーつ姿のほうが目立つのである。
 いたりあ語を話していたころの記憶はなかった。英語で道を聞かれることはあっても日本語で話しかけられたことは生まれてこのかた1度もなかった。それがわたしの5歳のときから変わらぬ日常。えゔりでー・おぶ・まい・らいふ。わたしの当たり前。わたしの人生だった。使徒言行録10章21節。


ペトロは、その人々のところへ降りて行って、「あい・あむ・ひー・ふーむ・ゆー・しーく、あなたがたが探しているのは、このわたしです。わっと・いず・ざ・こーず、どうして、ここへ来られたのですか」と言った。


 うしろからヤマモくんに声を掛けると「どうして?」という顔をした。透明なせろふぁんに包まれた花束でいっぱいの植え込みを背にして立ちあがったヤマモくんの顔はわたしの頭の上にあった。背が低いことだけがわたしの救いだった。わたしのそれは平均的な日本人男性のそれにも満たないものだった。
 らぶほてるの入口だった。なにがそういうことなのかわからないままわたしは「そういうことか」とつぶやいた。
 2021年9月7日(火曜日)の夕方。午後5時ごろ。右折してらぶほてるに入ろうとした車の側面に直進してきた車が衝突した。ぶつかったほうも、ぶつけられたほうも助手席に乗っていたひとが死亡した。
「どなたがお亡くなりになったのですか?」
 亡くなったひととヤマモくんの関係を知りたい気持ちをわたしは隠すことができなかった。
「ここにいるって誰から聞いたんですか? 警察ですか?」
「いいえ。誰からも聞いていません。偶然見つけました。まくどなるどに向かっていたら」
「そうですか」
「そうですよ」
「僕も知らないのです」
 わたしがいまでも思い出す顔。会わなくなったいまでもこころの中でヤマモくんに話しかけるとき見つめているヤマモくんの顔はこのときのヤマモくんの顔だ。
「知っているのに知らないのです」
 ヤマモくんは握りしめていたものを黙ってわたしに差し出した。初めて会ったときヤマモくんがしていたのとは別の白いたすきである。肩に掛けてから誰かに書いてもらったのだろう。かろうじて「佐々木」と読めた文字の近くに血がついていた。



 あい・ゔ・ねゔぁー・はーど、ヤマモくんの妹さんが訪ねてくるまでわたしは知らなかった。ヤマモくんが家に帰らずにいるとは夢にも思わなかった。
「逮捕状が出ました。兄は江の島の近くの教会に出入りしていると警察のひとから聞きました」
 妹さんはあいすてぃーを飲もうとしなかった。れもんみるくか聞いたとき「どちらでも」という答えが返ってきたときからわかっていた。わたしはこーひーのひと口めを飲んだときからわざとますくをせずにそのまま話していた。
「本当に。中は教会なんですね」
「よく言われます。通りがかったご婦人に宗派はどちらですかと聞かれたことは1度や2度ではありません。黒い瓦屋根の日本家屋を見たら誰だってのー・わんだー、お寺だと思いますよね」
 冗談を言っても笑ってくれない。妹さんの目がわたしの顔のぱーつをひとつひとつ確かめるように見ていた。わたしの目や鼻を見ながらなにを思っているのか聞かなくてもわかった。
「ご安心ください。中はただの日本人です」
 妹さんはもうわたしを見てはいなかった。すり抜けるようにしてわたしの背後を見ていた。ヤマモくんの妹さんが訪ねてきたと誰かから聞いたのだろう。愛生(まなお)ちゃんがどあの隙間から覗き見ていた。
 愛生ちゃんの顔を体ごと押し出すようにしてわたしは外に出た。昼でも薄暗い教会のろびーにはたくさんの子供たちが愛生ちゃんの偵察結果を待っていた。海岸のごみ拾いであれ学童のいべんとあれわっとえゔぁー、1度会えばじゅうぶんだった。ヤマモくんにまた会いたくなった。
「失礼しました。ほんとませてますよね。あの子たちみんなヤマモくん推しなんですよ」
「なんかほんとすいません」
 わたしが席を離れていたあいだに妹さん(あきさん)はあいすてぃーを少し飲んでいた。不自然なくらい自然な表情だった。その顔は、警察から1日遅れで事故の知らせを受けたときの顔だった。
 身元引受人が必要だと言われた。足の悪い父親を行かせるわけにはいかなかった。今年の夏休みはどこにも出掛けなかった。高校時代のともだちと行くはずだった海水浴にも行かなかった。
 まさか江の島にこんなかたちで来ることになるとは思わなかった。ロビーのベンチでなんの説明もないまま2時間以上待たされた。
 警察署の建物の前の道を車が通るたびに自分の影がうしろの壁まで伸びた。秋になったとはいえまだまだ長いはずの日がいつのまにか落ちていた。
「やまきさーん」と呼ばれた。目の前に立った婦警さんの説明を座ったまま最後まで聞いてから「やまもとです」とうつむいたまま言った。
「それ(山基)でやまもとと読むのです」
 

 駅まで歩くには遠かった。おにいちゃんは横断歩道を渡ろうとしていた。バスに乗る気はないようだった。
「おとうさんが帰って来いって。裏の畑に家を建てて住んだらいいって。好きにしたらいいだらって」
 おにいちゃんはただ立っていた。
「マンションの家賃。もう何ヶ月も払ってないじゃんか。管理会社のひとが処分するだって」
 横断歩道を渡り終えてからやっと振り向いた。首をちいさく振っていた。あきが「え? なに?」て顔をするとおにいちゃんは、あきのほうを指差した。
「あきが。家を。建てろ。あきが。住め」とジェスチャーで言った。「好きにしたらいい」と肩をすくめて笑った。
 バスが来た。手を振るひまもなかった。ガラガラなバスの手近な席に腰をおろした。
 おかあさんにも話せないことはいつもおにいちゃんに話していた。夜中にサイゼリアで話を聞いてくれたこともあった。ドリアを突きながらおにいちゃんが言ってくれたひとことはいまもお守りみたいにおぼえている。
 おかあさんが亡くなって、おにいちゃんが家を出て、あきはとうとうひとりになった。おにいちゃんと一緒に暮らしたい。本気で言うつもりで夜中に訪ねたのに終電を逃したと嘘をついてしまった。ひと晩だけでもうれしかった。
 いかにもシティホテルって感じのホテルの横をバスが通り過ぎた。おとうさんに「きょうはホテルに泊まってあした帰ります」とメールした。管理会社のひとから預かっていたおにいちゃんのマンションの鍵をポケットの中で握りしめていた。
「嫌いでいいじゃん」
「だって」
「だってじゃない。あきはおとうさんが嫌いなんじゃない。嫌いになったひとがたまたまおとうさんだった。それだけだ」

 ヤマモくんが自分の息子であきさんがもし自分の娘だったら自分はどうしただろうか。どうするだろうか。
 海辺のこの町のどこかにいまも身を潜めているおにいちゃんを一緒に探しに行こう。見つけて叱りつけてやろう。素直に警察の要請に応じるよう説得しようと言うだろうか。
 家族であるのかないのか。その違いがわたしにはわからなかった。家族がいないわたしには家族ではないひとたちだけがいつも家族だった。教会とはそういう場所だった。
 息子と息子が寄付したお金を返して欲しい。出家しても家族は家族です。息子の人生を、退職金を返して欲しい。あぽなしで訪ねてきた母親はすりっぱも履かずにわたしに詰め寄った。3年くらい前の話である。
「キリスト教では出家ではなく入会と言います。どこの修道会であっても同じです。入会した息子さんはもうわたしたち信者の家族です。ルカによる福音書8章19節」


さて、イエスのところに母と兄妹たちが来たが、群衆のために近づくことができなかった。そこでイエスに、「ゆあ・まざー・あんど・ゆあ・ぶらざー・すたんど・うぃずあうと、母上と御兄弟たちが、お会いしたいと外に立っておられます」との知らせがあった。するとイエスは、「わたしの母、わたしの兄妹とは、でぃーず・うぃっち・ひあ・ざ・わーど・おぶ・ごっど、あんど・どぅー・いっと、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」とお答えになった。


 ヤマモくんはいつもふらりとあらわれ、ふらりとどこかへ帰って行った。会社を辞めた身でほてる暮らしをしているとは思えなかった。
「ヤマモくんが片付けているそうです。そこのらぶほてるで働いているひとから聞きました。見かけたときはごみを引き取ってくれているそうです。ごみというか。枯れた花というか」
 東海道線で静岡に帰るあきさんを辻堂駅まで送る前に事故現場に立ち寄った。海辺の通常運転。風の強い日だった。
 花束は減るどころかむしろ増えていた。「凜」とか「凜ちゃん」と書かれためっせーじ・かーどをあきさんは見つめていた。
「兄が運転する車の助手席で亡くなった方というのはこのひと」
「ではありません。このひとじゃないほうのひとです。この凛って子は高校生だったと聞きました」
「じゃないほうのひとは?」
「29歳です」
「職業は?」
「風俗関係のお仕事をしていたと聞きました」
「名前は?」
あい・どんと・のーです。あかうんと名しか知らなかったようです」
ねっとですか」
ねっとですね」
 風が強いので長くはいられなかった。海岸公園の下の駐車場に停めていた車の助手席にあきさんを乗せた。
「大学はどうですか?」
 しーとべるとを固定する彼女の様子を横目で見ながらわたしは聞いた。
「どうといいますと?」
 帰り際になってからする話ではなかった。なにが聞きたかったのか自分でもわからなくなった。
「いまはやっぱりいわゆるおんらいんですか?」
「そうですね。いわゆるかどうかはわかりませんけど」
「大変ですね」
「いいえ。ぜんぜん。まったく」あきさんは首を3回振った。「なんかずっと夏休みみたいな感じです。宿題を抱えたまま遊ぶに遊べないみたいな。してるのにしてないみたいな。してもぜんぜんしたことにならないみたいな」
「そうですか」としか返せなかった。
「相談してみます」
 一瞬なんの話かわからなかった。車のえんじんを掛けてからようやくわかった。
「誰にです?」
「叔母です。おかあさんの妹です」
「頼りになるひとなんですか?」
「いいえ。あ。いいえじゃ失礼ですね。親戚の中でいちばん話しやすいというか。おかあさんが亡くなったときも、おにいちゃんの事故の知らせを受けたときも普通に話せたというか。ていうか」
「ていうか?」
 わたしもつられて笑いそうになった。辻堂駅の南口へ右折するぽいんとを見逃さないよう気をつけながらはんどるを握っていた。
ぽけもん仲間なんです。知ってます? ぽけもんGO」
「もちろん知ってますけど。まだやってるひとって。あ。まだは失礼ですね」
「失礼ですよ」
 破顔した。
 あきさんは今年の正月、親戚のあいさつまわりで叔母の美衣子(みえこ)もぽけもんGOをしていると知った。在宅で翻訳の仕事をしているひとだった。運動不足解消も兼ねて散歩に誘い合うようになった。
 少しだけ遠出をして立ち寄った公園やこんびにぽけもんあいてむを拾い集めたり戦わせたりしているうちにふたりして沼った。わたしが「沼った」という言葉を聞いたのはそれが2度目だった。
 なんとなく入った大学のさーくるが狩猟研究会だった。資格を取るためのぷろせすや道具を買って揃えるのが楽しかった。ヤマモくんは事故以外のことならわりとなんでも話してくれた。
 いまも先輩たちに誘われれば山に行くし雪の中でもキャンプをする。罠に掛かっていた猪や銃で仕留めた鹿の解体もする。ジビエのフルコースみたいな料理もする。けど「沼った」と言えるほどハマってはないのは自分がいちばんよくわかっていた。
 父親は趣味のために生きたひとだった。車や戦車のプラモデル。特撮映画がつくれるくらいの戦場ジオラマ。クラシックギター。アマチュア無線。パソコンはマイコンと呼ばれていたころからしていた。そのせいでいつも家にはお金がなかった。
 高校のときから乗っていたオートバイ(YAMAHA SR400)も中古で買った車(水色の日産パオ)も自分でカスタマイズしたし整備もした。けど父親のようになりふり構わずしているわけではなかった。ひとに迷惑がかからない範囲でしていた。沼に足をとられないように気をつけていた。
 彼女と出会うまで沼は足元にあるものだと思っていた。落ちてみるまでわからなかった。溺れそうになる前に溺れていた。そうしようと思う前にそうしていた。前を歩くひとがポケットから落としたものに手を伸ばし拾うのと同じだった。レシートかなにかだったりするのだけど。
 なにもしていないとき。なにも用事のないとき。自転車を停めてコンビニに入る前。リュックのポケットから取り出したマスクをひろげる。いまなにしてるかな、と思う。
 実は最近なんだよね。モバイルSuicaにしたの。やばいよね。便利過ぎだよね。え。そこ笑うとこ? いまさらとか言わないでよ。あ。そうなんだ。paypay派なんだ。なくなったらすぐにチャージする的な感じ? したらいいよ。ここは俺が払っとくから。あとで送ってくれれば。わかってるわかってる。ちゃんと割り勘にするから。会う前に会ったとき話すかもしれない会話の予行練習をひまさえあればしている。
「神父さんは」
「神父さんはやめてくださいよ」
「浮気はばれなければ浮気じゃない派ですか? お店に入ったあと濡れた傘はどうしますか? 床に置きますか? てーぶるに立て掛けますか? 来世は結婚するとこころに決めているひとはいますか?」
「なんですかそれ」
 ヤマモくんがなにを言っているのか。言いたいのに言えないのか。言いたくないのか。わからなかった。けどひー・わんと・とぅ・せい、彼が、言いたい、言いたい、言いたいのかたまりみたいになっているのはわかった。
 見るからに懺悔することなどないひとには言えるのに言えなかった。懺悔しなさいと言えば話してくれたかもしれないのに言えなかった。



 あきさんを辻堂駅の改札口で見送った。あきさんは最後まで、じゃないほうのひとの家族が、引き取り手がまだあらわれていないことを気にしていた。
 日が暮れていた。教会へ帰った。いっと・わず・はっぴー・さぷらいずど、めずらしいひとがわたしを待っていた。
ろんぐ・たいむ・のー・しー(おひさしぶりです)。ジェームス・オーガスティン・……、ぱーどれ・アウグスティヌス(アウグスティヌス神父)」
はう・ろんぐ・はず・いっと・びーん・しんす・うい・らすと・めっと(会うのはいつ以来でしたか)? ぱーどれ・チェーザレ(チェーザレ神父)」
いっつ・びーん・ふぉーてぃー・ふぁいゔ・いやーず(45年振りです)。ばっと・うい・わー・えくすちぇんじんぐ・れたーず(でもわたしたちは手紙のやり取りをしていました)」
いえす(はい)。ゆー・わー・あ・ふぁいゔ・いやー・おーるど・ぼーい(あなたはまだ5歳の少年でした)」
いえす(はい)。あい・あねすとりー・どんと・りめんばー(正直なにもおぼえていないのですが)」
 わたしがそう言うと、わたしを日本に連れて来てくれたあいるらんど人の恩師はしりあす・えくすぷれっしょん、まじめな顔になった。
ぱーどれ・チェーザレ(チェーザレ神父)。かむ・うぃず・みー(一緒に行きましょう)。れっつ・ごー・ほーむ(帰りましょう)」
ごー・ほーむ(帰る)?」
いえす(はい)」
みー(わたしが)?」
いえす(そうです)」
うぇん(いつ)?」
あず・すーん・あず・じゃぱにーず・がばめんと・MIZUGIWATAISAKU・びかむ・MATOMO(日本政府の水際対策がまともになり次第)」
うぇあ(どこに)?」
おふ・こーす(もちろん)。とぅ・ろーむ(ローマに)」


(『わたしを見つけて』6)

   引用文献
   日本聖書協会『聖書 新共同訳』

著者:横田創
校正:矢木月菜
装丁・組版:中村圭佑(IG /TW
WEB:橋本忠勝(リブアーク
編集:竹田信弥
発行:双子のライオン堂