帰りたくないひと(テキスト版)

9月6日
あした好きぴと江の島デートなのに他の男のリプにリプして無限にリプし合っているわたしは一生アンチ製造機でありつづける覚悟はできても先週の木曜日とか金曜日あたりからいきなし寒くなったことには一生慣れなそうだから南極出身の直立歩行をする鳥の動画をカーテンにくるまりながら見てる(嘘です。

9月2日
ほんとは一生暮らしたいくらいラブホが好きだけど藤沢にも大和にもあるネカフェの個室は鍵を掛けられるし無人で入店できて外出するのもOKだしソフトクリームも無料だしお風呂にいつでも入られるしするから深海魚も売ってるペットショップみたいに薄暗かった昔のネカフェには万札積まれても戻れない。

9月1日
今年もあと4ヶ月(しなきゃやらなきゃ始めなきゃと思っているだけでなにもしないでいるうちに9月になってて朝からぼう然としている(海にも行かないまま夏がおわた(来年こそはまじでほんとにやるべきことをやるべきときにやるからごめんねさよなら(今年のわたしは史上最強になにもしなかた(合掌。

8月21日
欲しい物リストの届け先というか住所を借りてる友達と思ってた同じ事務所の後輩ちゃんにトムフォードの香水を盗まれたとDMで言ったら「ドルチェ&ガッバーナじゃなくて?」と秒で返信してきた年上のフォロワーさんといちゃいちゃしたみなとみらいの観覧車にはもう一生乗りません(盗まれたは嘘です。

8月14日
マックの入口で濡れた傘をビニールの筒みたいなやつに入れたはいいけどどこに置くのが正解なのか(テーブルに掛けたら掛けたで通行人の足に引っかかるし床にべちゃって置いたら置いたで足の置き場に困るしするからレインウェアのフードを被って連行される容疑者気分を味わっている(傘は持たない主義。

7月27日
極細ポッキーの袋をあけた瞬間チョコの匂いでこころが満たされるひとときをまた味わいたくて極細ポッキーを食べるのだと言ったのは誰だったのか思い出せそうで思い出せないことよりも歯の隙間に残った極細ポッキーの茎の部分を舌の先でほじくり返すことに必死になってる自分の顔を想像の中で観察する。

7月26日
信号が青になってもなにも起きない夜の交差点をわざとゆっくり歩いて渡るのと同じくらいラブホの冷蔵庫からお客さんに頼まれた水とかビールを掴んで出したら2度と戻せないし戻してもお金をとられるんだよなあと思いながら蓋をぱちんと外してずぼっと取り出す直前のなにも考えられなくなる瞬間が好き。

7月1日
きょうは29回目の誕生日(わたしのことを幼稚園のころからずっと好きでいまもたぶん来年も再来年もきっと好きなひとから住所を借りてる同僚というか後輩ちゃんの家を経由して届いた今年の誕生日プレゼントは赤くてちっちゃな缶切りだった(去年は飛行機とか高速バスに乗るとき使う首に巻く枕だった。

6月30日
エゴサはしないけど元彼の名前の検索は頻繁にするから高1のときからずっと好きでいまも好きなひとが親の会社を継いで社長になったと知っただけならいいけど結婚して娘が2人いて白いベンツに乗ってアウトレットパークに出掛けてゴディバのソフトクリームを食べたことを知ってしまった28歳最後の夜。

彼のことがずっと好きで好きで「結婚して」が口癖になるくらい好き好き言いつづけてたら学校よりラブホかどっちかの家でセックスしている時間のほうが長いくらいいつも一緒にいたのに謎にフラれた(都内の専門学校に進学した彼のマンションに押しかけた(保育の専門をやめてデリヘルを始めたころの話。

参宮橋っていうちいさな駅の近くにあったマンションから新宿の歌舞伎町に出掛けて仕事をしてたらバレて俺が帰ってくるまでどこにも行くなと言われた(フッといて調子いいな(彼氏でもないのに勝手なこと言うな(心配するなと怒ると俺ら付き合ってるじゃん!一緒に暮らしてるじゃんって言われて泣いた。

家にいろと言われてもやることがなかった(家や車はもちろん犬まで高級な知らない街の駅へ向かってゆるやかに曲がる坂の途中のY字路にあったマックで注文したポテトのLとかナゲットとかダブチだけが地元でも手に入るものだった(袋をあけた瞬間マックの匂いとしか言えない匂いでこころが満たされた。

1度だけ彼と一緒に代々木公園を散歩した(きれいな放物線を描く橋を渡った向こうに野外のステージがあった(犬のイベントで待ての競争をしてた(ほかの犬たちが全員飼い主の元に走って行ってもステージのまん中でひとり待てをしていたトイプードルがお漏らしをした(彼のマンションには帰らなかった。

6月5日
ツナ缶を開けるときの爪みたいなところを立てたらパキッと言わずに普通にとれた(なんかのドラマで観た桃の缶詰じゃないけどお守りみたいに持ち歩いているそのツナ缶の賞味期限が近づいている(ネカフェの向かいのドンキに朝昼晩と日に3回は行くのに行くたびに缶切りを買い忘れ続けて3年(軽く奇跡。

6月3日
3億年振りにチェンジされた(秒で戻ったのになにも言わずに車を出してくれた菅井さんと大和駅の南口を出たところにある喫茶店で時間を潰した(待機所まで3分もかからない場所だ(またひとつ帰りたくない場所が増えた(菅井さんは地元の尾道でやんちゃしてたころの話をしてくれた(万引きはいけんよ。

5月7日
デリヘルがバイト先にバレた(写真を撮らせてくれと土下座されたブロガーさんの風俗レポートをわたしを知ってる会社の誰かが見たってことなんだけどそんなの聞かなくてもわかる(営業部長の三枚堂さんは付き合ってた感じのときから薄々気づいていたはず(奥さんにエロプリ送り付けると脅そうか(迷う。

山登りもしないしキャンプもしない(映画もアニメも見ないし漫画も読まない(本を読むのは好きだけど読むのは月に1冊ぐらいで趣味とは呼べないわたしの唯一の趣味は寝取り寝取られの「寝取り」で基本彼女持ちか妻子持ちの男にしか興味がないと冗談ぽく言って相手の反応を見るのが「寝取り」の始め方。

好きぴはいても彼氏はいない(この垢で知り合ったセフレは何人もいるし仕事は仕事だしするけど誰とも付き合ったことがないわたしにとって彼女持ち妻子持ちの男は赤いロープで椅子に縛りつけられた変態さんと同じ(「する」のは全部好きだけど「される」のは好きじゃないわたしにとってデリヘルは天職。

5月2日
きのう店長(2個上の女性にマスクの色がいい欲しいと言われたからバイトに行く前にクリエイトに寄った(動画ありでツイキャスしながら水色のそのマスクを探してたらスズメがアイコンの年下男子に「なんかマスクの色って下着の色みたいですよね」と言われた(ちゅんちゅんのせいで買えなかったじゃん。

4月29日
車で静岡から会いに来てくれた好きぴとラブホでおしっこプレイしてから映画館に行ったんだけど選択をミスった(ノマドってなによ?遊牧民じゃね的な会話の流れでアカデミー賞の映画を観たらゴツい体つきをしたアメリカ人のおばちゃんがいきなし車の外でお尻を出しておしっこしてた(好きぴはすぐ寝た。

わたしの見た限りそのおばちゃんが外でおしっこをしたのは最初の1回だけだった(寝泊まりしてる車の中でしてた(ベッドが椅子で机がテーブルなのはわたしも同じだ(恐竜の化石がごろごろ出てきそうな荒れた土地を車で移動しながら日雇いの仕事をしてた(風俗以外の仕事ならなんでもって感じでしてた。

妹が暮らす青葉台とか神戸の山のほうにありそうな家の庭で妹の旦那と万札しか財布に入れなそうな男たちと一緒にバーベキューをしている彼女の目はうつろで体はレンコンみたいに曲がっていた(左手に持たされた皿の上の肉には手をつけなかった(食べられるものならなんでも食べてきたのに食べなかった。

彼女の大事な皿を割ったお節介男が働いていたハンバーガー屋は薄暗くて客もいなかったけど訪ねてきた息子に出したハンバーガーはちょっとおいしそうだった(まさか彼女がその男のことを好きかもしれないみたいな気持ちでいるとは思わなかった(息子夫婦と一緒に暮らし始めた男の家に彼女は招待された。

薄暗いけどあたたかい感じがするリビングで出されたディナーを彼女は普通に食べていた(男にこの家で暮らさないかと誘われていた(なのに眠れなかった(やっぱりそうだ(車に戻るとほっとした(夜が明けようとしていた(ハンドルを握りしめ前だけを向いて運転した(彼女も家に帰りたくないひとだった。

3月16日
おひさしぶりです(佐々木です(好きぴができたのでエロい写真は削除しました(彼氏ではありません好きぴです(好きなひとがほかにいることも伝えてあります(元彼です(緊縛プレイ並みにひとのことは束縛するのに浮気を隠そうともしないクズなので別れましたが来世は結婚するとこころに決めています。

1月1日
年が明けたのであらためましてな自己紹介を少しだけ(熱は下がりましたのでご心配なさらずに(佐々木です(本名ではありません(元元デリヘル嬢(デリヘル嬢をやめるのをやめました(週に3日ほどアパレル店員もしてます(アイドルではないけど会えます(会う気のないひとはフォローしないでください。

将来の夢は自分のお店を持つこと(デリヘルのお店(モットーは経費削減(スケジューリングも送迎も自分でする経営者になる(それか子供が好きだから子供食堂をやるために食堂を始める(パスポートを持ってる子供はいつでもいくらでも食べることができるお店にする(看板メニューはツナマヨのおにぎり。

①「(」の使い方はなんとなくそうなっただけで特にこだわりはないので真似したかったら真似してください(140字ちょうどになるように書くようになったのもそんな感じです(佐々木は根が貧乏性なので残さず食べる良い子になりました(1年たってもまだつづけてたら褒めてください(嘘です結構です。

②浮気はバレなければ浮気じゃない派です(浮気をされる側でもする側でも同じです(知らないうちに知らないところに落ちる雷ならいくら落ちてもいいけどわたしの上にだけは落ちないでみたいな(財布を落としたのに落としたことにまだ気づいていない時間を死ぬまで生きていたいみたいな(違う気がする。

③好きな食べ物はツナ缶です(マヨネーズと粗挽きの黒胡椒をたっぷりのせていただきます(あと雪見だいふくの皮とスイカバーの下の緑のところとガリガリ君の外側とマックのハンバーガーの下のパンが好き(てかマックが好き(最初のデートも最後のデートもマックでお願いします(ほんとにお願いします。

④嫌いなものはダジャレです(子供のころ男親にさんざん言われたので愛想笑いを浮かべるのに疲れました(あと吸っていい場所で吸ってるのに露骨に嫌な顔してタバコの煙を手で払うひとと子供を産んどいてちゃんと育てずにおばあちゃんちに預けっぱなしにする女も嫌いです(女親にさんざんやられたので。

⑤デリヘル以外の仕事をアパレルの店員にしたのは実家の隣りがしまむらだったからです(ブランドものに興味がないのはそのせいかも(最初の最初に自分で選んで買った服は黄色のチェック柄のプリーツスカート(冬なのにめっちゃ短いの買ったった(小学生の時から背が高かったのでミニモニ。にはなれず。

似たような質問が質問箱にいくつも来るのでついでに答えてみました(引き籠もりですけどオタクではありません(引き籠もりですけどネカフェは自分の家ではないので仕事から帰るときも「帰る」感はありません(あっちに出掛けて用が済んだらこっちに出掛ける感じです(質問されてもないのに答えたった。

2020年12月31日
きのうからずっと微熱がつづいている(浮気はバレなければ浮気じゃない理論で検査は受けないと決めている(例えばいまわたしがここで(ここというのはネカフェの個室で重症化して意識が朦朧となり手足の震えがとまらなくなっても空き家の壁に貼られたままのカレンダーが隙間風で揺れているのと同じだ。

お客さんが待つホテルのドアをノックする前もそんな気分だ(空き家の壁に貼られたままのカレンダー理論でなにが起きても仕方がないと諦めている(お客さんは待ってはくれないしやめてはくれない(本番をしてもバレなきゃしたことにならない理論で強引に入れてくるお客さんもいれば稼いでいる嬢もいる。

わたしのことを馬鹿みたいに好きで呼べばなにをしてても秒で飛んで来てくれるひとがポカリを買ってお見舞いに来てくれた中学のころのわたしはわたしじゃないみたいにしあわせだった(ポカリじゃなくてアイスが食べたいスイカバーを買ってこいと命令してた(秋だからもう売ってないのに(知ってたのに。

言えばたぶんコタツだって持ってきてくれたと思う(なんとか流星群をふたりで見に行ったとき普通に冬だったから寒いのはわかっていたのに貯水池みたいなところの斜面というか芝生にふたりして横になってそのなんとか流星群が降るのを待ってた(あの夜のわたしはわたしじゃないみたいにしあわせだった。

3枚重ねても薄い毛布は薄い毛布だ(ネカフェの個室で毛布を被りスマホを抱えたわたしの微熱がガラスを白く曇らせている(今年こそアパートを借りる(保証人無しで契約するには最低でも家賃2年分の貯金をしなければならないのはわかっているのになにもしないまま3億回目の正月を迎えようとしている。

(『わたしを見つけて』1)


著者:横田創
装丁・組版:中村圭佑(IG /TW
初出:本屋発の文芸誌「しししし4」
WEB:橋本忠勝(リブアーク
編集:竹田信弥
発行:双子のライオン堂