永遠と1日(テキスト版)

 テレビを見ている老人の家の前でバスを降りた。乗ったのも降りたのもわたしたちだけだった。塩の道(千国街道)の資料館がある。長野県と新潟県の県境に位置する山あいの集落だった。
 車で行けば1時間もかからない。スニーカーでも歩ける道を半日かけてのんびり歩く。ハイキングみたいな登山だった。
 ことみは結婚したばかりだった。相手は編集者の男で、すらりとした体型の、ぱっと見バンドマンみたいな男だった。
 だからというわけではないけどわたしはわたしで急いであとを追うように再婚した。背中がクマみたいにまるい男だった。
 平日も平日。月曜日の正午過ぎ。舗装された道路の路肩にヒマワリの苗を等間隔に植えているひとたちがいた。姿の見えない選挙の宣伝カーはなにかを訴えるというよりずっとあいさつばかりしている。目指していたのは温泉のある山小屋だった。
 雨飾山荘(あまかざりさんそう)という。本当なら泊まった翌朝、雨飾山(あまかざりやま)の山頂を目指す登山客のための山小屋だった。ほとんどのひとが車で来ていた。
 白いご飯とお味噌汁がおいしかった。おいしすぎてわたしはご飯のおかわりをした。新潟の赤味噌のファンになったのもその日だった気がする。
 千国と書いて「ちくに」と読むのだとふたりが知るのはその10年後(2023年の初夏)のことである。10年前に見つけた道をガイドブック片手に歩いてみた。その日もやっぱり雨だった。1日は1日でもそれはまた別の1日である。
 ちなみにその日ふたりが利用した宿は雨飾荘(あまかざりそう)。地元信州の食材を使った食事がいちいちおいしい。森の中に岩で囲んだだけの露天風呂がある。まちがえて来てしまう宿泊客もいるという。1字違いの別の宿だった。
 登山を始めたのはことみだった。1度は行ってみたい、泊まってみたい山小屋のガイドブックを書いた先輩たちにあこがれて「山ガール」になったことみに便乗してわたしも登山をするようになった。同行するのはその山が3度目だった。
 ことみはおろしたての登山靴を履いていた。キーンのトレッキングシューズだった。わたしはデニムにスニーカーだった。自分のリュックサックもまだ持っていない。怖いもの知らずのずぶの素人だった。
 あとで調べるために植物の写真を撮りながら歩いた。ことみは一眼レフでわたしはミラーレスだった。植えられたばかりの稲のあいだをオタマジャクシが泳いでいた。
 1時間ほど歩くと民家がなくなり田んぼと山だけが残った。あなたとわたしの話し声しか聞こえなくなった。
 山の静けさは都会のどんな静けさとも違った。違うことがようやくわかり始めたころだった。
 プラスマイナス・ゼロになるのではなかった。自分たちの足音や話し声が耳に届く前に1本だけ咲いている藤の花がきれいな森やまっしろな雲に覆われた空に吸い込まれる。マイナスの静けさだった。
 ぽつりぽつりとアスファルトに雨が落ち始めた。
 雨が降るのは知っていた。あなたはレインウェアを白いリュックの中から取り出した。グレーのモンベルだった。わたしは黄色のパタゴニアだった。
 遠くに降る雨はなにも言わずに黙って遠くに落ちていた。風で田んぼの水面をなでるように降りそそぐ。雨の音が見えるものすべてを包み込んでいた。
 カモが飛んでいた。洋梨みたいなシルエットで、おなかがぽってりとしたカモがいっしょうけんめい羽を動かしていた。羽を動かすのをやめると落ちてしまう。トンビやカモメとはあきらかに違う飛び方をしていた。
 ふたりして口をあけて空を眺めているうちに雨が強くなった。夏が夏になりきる前のこの時期特有の重くて冷たい雨だった。あっというまに体が冷えてなにも考えられなくなった。
 軽口を叩き冗談を言い合う気力も余裕も失った。雨で頭を押さえつけられたように下を向き、なにも言えなくなった。記憶を無くした人間みたいに黙って足を動かしつづけた。
 車がうしろからふたりを追い抜いていった。ハイビームにしたヘッドライトをつけていた。晴れていればきっと見晴らしのいい急なカーブの途中だった。
 なんとなくだった。けど、なんとなくではなかった。あとから思えばこのタイミングしかなかった。
 うしろをふりかえったあなたと目が合った。カーブを曲がりきったところにあった林道に避難した。
 道に張り出した木の枝が雨よけになった。その分だけ雨の音が弱くなった。ずぶ濡れになったあなたの顔は暗くてよく見えなかった。わたしの背中を指差し、口を動かしている。
 う。
 め。
 ぼ。
 し。
 わたしは急いでリュックを降ろした。わたしのリュックの外ポケットに梅干しを入れたのはあなただった。あなたはちゃんと登山の本に書いてあった通りの準備をしていた。救急セットも行動食も着替えの下着も靴下も全部ちゃんとリュックの中に入れていた。
 梅干しをまるごとひとつ。あなたが口の中に放り込むのを見てからわたしも口の中に放り込んだ。
 雨がさらにまた激しくなった。雨の音以外なにも聞こえなくなった。驚いた顔であなたを見るとあなたも驚いた目でわたしを見ていた。
 そうなのだけど、そうではなかった。そうではないとふたり同時に気づいた。
 耳が通りが急に良くなる。空港に着陸する前。シートベルトのランプが灯って飛行機が高度を下げ始めたときと同じことが起きていた。自分の中でなにが起きているのか知らないまま、気づかないまま、しばらくというにはあまりに長い時間を生きていたことに気づいた。
 梅干しってすごいね。ほんとすごい。すご過ぎるわ。涙が目尻から何度も落ちた。
 山はいつもそんな感じだった。急に厳しくなるのでも突然やさしくなるのでもなかった。ずっとやさしかったし厳しかった。
 カモが飛んでいた。いっしょうけんめい羽を動かしていた。山に囲まれた田んぼの上の空を飛んでいた。1本だけ咲いている藤の花がきれいな森が見えた。
 見える。
 2013年6月17日(月曜日)。あなたと長野県と新潟県の県境で過ごした。あの1日はまだあの1日の中にいた。

 *

 夜中に海を見ながらことみに電話をした。いつも早寝のあなたは眠そうだった。
 ごめんと謝られた。「考えたこともなかった」と言われた。告白すればフラれるのはわかっていた。わかっていたのに好きだと言わずにいられなかった。
 漁港の入口にあるミニストップでビールを買った。「袋はいりません」の声が無駄におおきくなってしまった。
 駐車場のまん中でびしっと開けてぐびぐび飲んだ。歩きながら飲んでいるうちに炭酸が抜けた。飲み口を下に向けて歩道の植え込みの頭にかけた。
 9月だった。夏は終わっていた。わたしは大学2年生だった。大学に行かずに旅ばかりしていた。
 宮古。山田。大槌。釜石。岩手県の海沿いの町をバスを乗り継ぎ南下した。そのまま仙台まで。あわよくば茨城県を越えて千葉まで帰るつもりでいた。大船渡でお金が尽きて千葉に(電車で)逃げ帰った。
 住み込みで(すぐに、いますぐ)働けるリゾートバイトを探した。外房の大原という海辺の町のちいさな旅館が「調理補助」の募集をしていた。20年も前のことである。
 1年のときからずっとことみのことが気になっていた。あなたは大学が発行している文芸誌の学生編集員をしていた。
 創作実習(2年になってから選択できるようになった)のあと、机にひろげていたものをリュックにしまっているとあなたに声をかけられた。
 同人誌を一緒にやらないか。なにか書いてくれないかと誘われた。前の日に古本屋で立ち読みしたウィリアム・バロウズの小説の真似をしてそれっぽいのをちょろっと書いたものを発表した日だった。話しかけられたときにはもう好きだった。
 小説なんて書いたことも書こうと思ったこともなかった。例によって例のごとく。ちょろっと読んだ小説の真似をして書いた。確か太宰治の「死のうと思っていた」とか「夏まで生きていようと思った」とか。そんな書き出しの短篇だった。
 あなたはことのほか喜んでくれた。次の号もまた書いて欲しい。7月に西荻窪のカフェでやる朗読会にも参加してくれないかと言われた。夏まで生きようと思った。
 10年後。あなたは詩人になった。おしゃれな挿絵を描いてくれたあなたのともだちは漫画家になった。はじめての連載がヒットして映画化された。
 捨ててはないからどこかにあるはずだけど、どこにあるのかわからないその同人誌をメルカリで売ったら10万円になった。2度寝どころか3度寝しても4度寝もしても誰にも怒られない夢の中でわたしは10万円の使い道を考えていた。
 2002年9月23日(秋分の日)。五穀豊穣。大漁祈願。神輿を担いだ男たちが海の中で揉みくちゃになる。はだか祭りというお祭りの初日だった。
 米もろくにとげない。回転するおおきな掃除機をひとりで抱えて階段をのぼることもできない。布団を1組敷くのに30分もかかる。ももちゃん(わたしのことである)の手も借りたいくらいの忙しさだった。
「おともだちがいらしているわよ」
 目尻に赤いアイラインを引いた女将さんに声をかけられた。1年後わたしの義母になるひとである。ひっつめ髪にしたおでこに薄いピンクのねじり鉢巻きを巻いていたわたしは軽く万歳をして恵梨子さん(1年後わたしの夫になるひとの姉)にさらしを巻いてもらっていた。
 誰かと思えばあなただった。キルフェボンの紙袋を持ったあなたが赤い絨毯が敷かれた旅館のロビーに立っていた。いま風に言えば3億年振りに東京のひとに会った気がした。
「桃子の町の色はピンクなのね」
「いや。町というか地区? よくわかんないけど。そんな感じ」
 あなたはまだ登山を始めてなかった。渋谷でも銀座でもみなとみらいでもパタゴニアのフリースにゴローの登山靴で出掛けるようになる前のあなたの服装だった。木綿の白いTシャツの裾についたポケットから金箔の熊が顔をのぞかせていた。
 御神輿は海に入ったあと漁港の近くの小学校の校庭を練り歩いた。よいさ。よいさ。よいさ。よいさ。歌いながら御神輿のうしろをついて歩く上半身裸の男たちが肩に担いだきりたんぽみたいな提灯にあかりが灯った。空が青いまま暮れ始めた。
「いつ帰るの?」
「どうしようかな」
 あなたが迎えに来てくれたのだ。あしたと言わずきょうこのままあなたと一緒に帰りたい。実家を出て東京で暮らしたい。西荻窪でひとり暮らしをしているあなたのアパートに転がり込みたい気持ちしかなかった。
「夏休みの課題は?」
「してるわけないじゃん」
「だよね」
「ももちゃん。なにしてんの?」
「こっちこっち」
 旅館のひとたちに見つかってしまった。
「ごめん。あとでね」
「うん」
 美礼ちゃん(1年後わたしの夫になるひとの妹)に手首を掴まれ御神輿の最後尾に連れて行かれた。
 薄いピンクのねじり鉢巻きをしてさらしを巻いたわたしをあなたはその場で見送った。1周まわって戻って来たとき、あなたはまだそこにいた。手を振ったら振り返してくれた。
 祭りに参加した全員でお別れの歌をうたって解散する。大別れ式という最後のイベントが始まった。あなたは肩から提げた布のバッグを抱きしめてひとり。Tシャツのポケットから顔を出した金箔の熊と同じ顔をして見守っていた。
 演舞場で獅子舞を見てから御神輿を神社に返した。「奉納した」と言うべきなのか。旅館の隣りの駐車場に建てた白いテントの下でおとなたちが食べ散らかしたものを片付けた。
 厨房の電気をつけると蛍光灯の白い灯りが目に痛かった。伊勢エビやホタテを焼いた網をタワシでごしごし擦った。たこ飯を焚いたお釜はお湯を入れてふやかしていた。ミキサーみたいなちいさな洗濯機に漂白剤と一緒に入れて回したタオルを食堂の椅子の背もたれに干してまわった。
 厨房の搬入口の脇に積まれたビールケースに腰掛けた。2段にして厚めの板を乗せている。タバコに火をつけてから携帯電話をぱちんとひらいた。

[件名]やっぱりきょうは帰ります。[本文]考えたことはなかったけど、考えてみました。今度会ったとき話します。

 あなたからその話を切り出してくれたのに、わたしのおなかの中には赤ちゃん(1年後わたしの夫になるひとの娘)がいた。いるとは知らずにタバコを吸っていた。

  *

 夏は登山の玄関口として利用されているスキー場のゴンドラリフトの真下のカフェで1時間待ってもことみは来なかった。味噌汁付きの豚丼を食べてしまった娘はスマホをいじくっている。これ以上待つのは不自然だ。
 来たら娘に紹介するつもりでいた。大学時代からのともだちだと言えば済む話だった。
 1度登れば気が済むだろう。根を上げるだろうと思っていた。唐松岳(からまつだけ)は初めての登山で登る山ではなかった。娘には悪いけど次からはまたあなたとふたりだけで登れるようになるとほくそ笑んでいた。
 案の定。最初のゴンドラに乗っただけで休む、日差しが暑い、日に焼けるなどと言い出した。
「そんなんじゃ無理よ絶対」
「無理って?」
「唐松岳まで登るの」
「何メートル?」
「2696メートル」
「無理に決まってるじゃん」
 リュックが重いとぶーぶー言いながら、たらっこたらっこ歩く娘が「本日グランドオープン」と書かれた立て看板を見つけた。
 コンクリートの建物(うさぎ平テラス)の外についた階段を昇ると椰子の木とパラソルの下に寝椅子が並べられていた。サウナやジャグジーまである。ビールも飲める。海の家みたいなカフェがあった。
 標高1400メートルだけあって景色もなかなかだった。これはこれで。ここに来ただけで娘が満足してくれたらこのまま山には登らずに帰ろうと決めた。振り向くと娘は先に階段を降り始めていた。
「いいの? お茶しなくて」
「さっきしたばっかじゃん」
 バーがあるだけで足をぷらぷらさせて乗る。横並びで座れるリフトに乗った。
 雪ではなく草に覆われた斜面は名前を知らない花がたくさん咲いていた。きれいだね、みたいなことをわたしが言っても娘は黙って横を見ていた。
 ふたつめのリフトを降りると少し離れたところに廃墟があった。近づくと「女子滑降スタートハウス」と犬小屋みたいに書かれていた。
 長野オリンピック(1998年)のときに建てられたものか。雪がないから廃墟に見えただけかもしれない。そのうしろに林道の奥の駐車場から登る別のルート(黒菱ライン)のリフトが見えた。

□黒菱駐車場⇆(黒菱第3ペアリフト)⇆黒菱平⇆(グラートクワッドリフト)⇆八方池山荘⇆第2ケルン⇆八方ケルン⇆第3ケルン⇆八方池⇆唐松岳山頂。

 靴ひもがほどけていた。しゃがんで結び直してから立ち上がると娘が、スーパーのレジでもたもたしているおばあさんを見るような目でわたしを見ていた。
 高校生になったころから、だったと思う。娘がときどきそういう目でわたしを見ているのは知っていた。
 もう少し前からだったかもしれない。去年の9月。まだ中学生なのに娘はひとりで特急に乗って大原の「家族」に会いに行ったことがある。
「ゆめちゃんがお祭りに来てたの、知ってる?」
 離婚して大原を離れたあとも仲良くしていたママ友(涼子さん)がLINEで教えてくれた。もちろん知ってる。当たり前じゃない、みたいな返事をしたけど嘘だった。娘はわたしに内緒でお祭りに参加していた。
 よく考えもせずに娘を叱ってしまった。よく考えもせずに言ったから、なにを言ったか思い出せない。娘は下を向き、静かに涙を流していた。
「たのしかった? とか普通に聞けないの?」
 八方池(はっぽういけ)まではよく整備された岩場の道だった。娘に合わせてなるべくゆっくり登るつもりでいたのに先を行かれた。
 金峰山(標高2599メートル)。那須岳(標高1915メートル)。涸沢(標高2300メートル)。雲取山(標高2017メートル)。この10年のあいだにことみと登った山の標高を思い出しながら娘の背中を必死で追った。
 1年のうちに数えるくらいしかないよく晴れた日だった。標高2060メートル。八方池のまわりはスマホを手にしたひとたちでいっぱいだった。娘はリュックを背負ったまま、立ったまま水面を見つめていた。
 わずかにあった。あるにはあった風がやんだ。池の水面が鏡になった。
 雪と樹木と土とで白と緑と茶色の屏風になる。白馬連峰とそのうしろに立ちのぼるまっしろな雲が逆さまになってあらわれた。
 あなたと一緒に見たかった。できればことみにも見て欲しかった。ふたり並んで見ていたはずの風景だった。
 三脚を立てた女性がふたり。夢中でシャッターを押していた。無理もなかった。撮った写真を上下逆さまにして見せてもきっとバレない。どっちが本物であってもおかしくない出来映えの景色だった。
「映えるねこれは」
 おどけて見せても娘の反応はなかった。自分から来たいと、登りたいと言っておいてこの態度である。
「いいの? 撮らなくて」
 返事次第では叱ることになるのをわかってそう言った。
「そっちこそ。いいの?」
「いいって? なにが?」
 対岸でさっきからずっと誰かが、おーい、おーいと手を振っていたのは知っていた。目の端で気づいていたけど、あなただとは思わなかった。
 あなただとわたしが気づいたと気づいてもあなたは手を振るのをやめなかった。おーい、おーいとあなたがウッドデッキの上で飛び跳ねるたびに池の水面が揺れた。最初の波紋がわたしの足元に届いた。
「わたしはいいよ」
「なにがいいのよ?」
「いいから。登ってきなよ」
 これでもう用は済んだ。もう用はないとばかりに娘は、池に下りてきたばかりの道を登り始めた。
「下のビーチっぽいカフェとかで待ってるね」
 じゃねー、と背を向けたまま手を振った。
 2019年7月26日(金曜日)。午前10時40分。以来わたしは娘の姿を1度も見ていない。
 優明花(ゆめか)は兎平の「ビーチっぽいカフェ」にいなかった。行きに立ち寄った登山口のカフェにもいなかった。どこかですれ違ったのかもしれない。リフトに乗ってもう1度、八方池まで戻ることにした。

□八方⇆(八方ゴンドラリフト「アダム」)⇆兎平⇆(アルペンクワッドリフト)⇆黒菱平⇆(グラートクワッドリフト)⇆八方池山荘⇆第2ケルン⇆八方ケルン⇆第3ケルン⇆八方池。

 日が暮れ始めたころ八方池山荘に着いた(標高1830メートル)。ここから八方池まで、ときどき合流してはまた離れる、ふたつのルートがある。ことみには「木道コース」を歩いてもらった。わたしは岩場の「登山道コース」を登った。
 第2ケルン(標高2005メートル)。八方ケルン(標高2035メートル)。第3ケルン(標高2080メートル)。優明花に会えないまま八方池(標高2060メートル)についてしまった。ことみはその場にしゃがみ込み、泣き崩れた。
 優明花が失踪した現場にことみもいたことは誰にも言わなかった。警察にも報告しなかった。唐松岳にはわたしひとりで登ったことにした。

  *

 こつん、とガラスのドアが鳴った。朝からこの風でこの雨だった。CLOSEDにしていた札がひっくり返るか揺れるかしたのだろうと思った。
 ほどなくしてまた、こつんと鳴った。わたしは体を起こした。着付けの部屋に寝袋をひろげて寝室にしている。閉めっぱなしにしている寸足らずの白いカーテンが窓の隙間からわずかに漏れた風で揺れていた。
 爪先にスリッパをつっかけた。シャンプーするときのイスの上に畳んだままにしているフェイスタオルに目が行く。
 こんな雨と風の中。誰かと思えばあなただった。わたしはガラスのドアに吹きつける風を肩で押し返すようにして、かろうじてあなたが中へ入れるだけの隙間を開けた。
「ひさしぶり。いま、だいじょうぶ?」
「うん」と言う前に風に押されてドアが閉まった。いきおい鼻の先が触れるくらいふたりの顔が近づいた。
 あなたは乗ってきたタクシーを雨の中に待たせたままでいた。そのことに触れたくなかった。わたしは美容室の中を無駄に歩きまわりながら電気をつけてまわった。
「誕生日だよね。きょう」
 お茶でも入れようと白いビーズの簾の向こうでお湯を沸かしているとあなたは言った。ガラスのローテーブルに握りこぶしくらいある、拾ってきたばかりでまだ土のついた石を置くみたいな言い方だった。
「いいから。そういうの」
 3年前のわたしならきっと言うと思う前にそう言っていたはずだ。1年前のわたしでもそう言って、沸いたばかりのお湯の入った電子ケトルを流しにぶん投げていたかもしれない。
 娘が失踪してからのこの4年。わたしは電子ケトルでもなんでもぶん投げようと思えばいつでも、いくらでも投げられた。
 なのにわたしはぶん投げなかった。ぶん投げないなーと思いながら琺瑯の白いポットに移し替えたお湯を細く垂らしてコーヒーを淹れた。
「いくつになったんだっけ?」
 淹れ立てのコーヒーをガラスのローテーブルに置くとあなたは、L字型になった白いソファの短いほうに腰掛けた。
「はたちよね。そっかー。ゆめちゃんもビールが飲める歳になったのね」
「そうだね」と言う代わりにわたしは腰掛けた。
「桃子はいつごろからビールがおいしいと感じるようになった? わたしはね」
「ことみ」
「うん?」
「最近。山に登ってる?」
「ううん」
 首を振ってからあなたは思案顔になった。
「いや。うん」
「どっちよ」
 それでようやくあなたの顔を見ることができた。
「あのね。平屋の木造の駅舎の横に白い自販機が並んでてね。そこにも屋根があって。軒先にツバメが巣をつくってるの。ひゅんひゅん、ひゅんひゅん飛んでくるの。次々飛んできたの。おぼえてる? 顔がまっ赤なツバメで」
「それはあれだね。大野山(おおのやま)に登ったときだね。山北(やまきた)駅だね。それであれだね。赤いのは顔じゃなくてノドのあたり。首のまわりだよ」
「首のまわりか。そっかそっか。ときどき思い出すんだけどね。思い出せるんだけど。どこなのか。どこで見たのか。思い出そうとしても思い出せない身元不明の風景が、わりとけっこうたくさんあって」
「それって多いの少ないの?」
「でもまあいいか。いいやって思うんだよね。あるならいい。あるならまだそこにあるのだろうから。わたしが思い出せなくてもいい。コーヒー。もう1杯いる?」
「あのね。桃子」
 浮かした腰をわたしは、すとんと落とした。ガラスのローテーブルの上にはまだ石が掘り出したままの姿で置かれていた。そんな話し方だった。
「あなたに話さなければならないことがあって」
 2019年7月25日(木曜日)。優明花が失踪する前日。あなたは六本木のギャラリーで開催されたトークイベントに参加していた。
 詩人が5人。公開でディスカッションしたあと自作の詩を1つずつ朗読した。あなたはわたしと高尾山から縦走して陣馬山(じんばやま)に登ったとき、少し前を歩いていたインド系の家族のことを書いた詩を選んだ。
 陣馬山の山頂でうどんを食べたあとはひたすら下りで民家もちらほらあった。家族の誰かがなにか見つければ足をとめ、集合し、ひとしきり観察してからまた歩き始める。めちゃくちゃ寄り道しているのに常にわたしたちの先を歩いていた。その家族は柿の木があるとするする登り、もいでは食べてを繰り返していた。
 アップダウンが少ないとはいえ、距離は20キロ近くあるハードな縦走だった。日が落ちる寸前にようやく舗装された道に下りることができた。相模湖(さがみこ)駅に向かうバスをわたしたちは待っていた。
 バス停のすぐ横の家の障子が少しだけ開いていた。液晶テレビの裏側が見える。隙間からするりと体を忍び込ませた三毛猫が顔を窓に押しつけるようにしてあなたとわたしを交互に見ていた。
 詩を朗読したあと、あなたはペットボトルの水に手を伸ばした。テーブルの上に置いていたスマホに文字が浮かび上がった。
「浮気調査の報告書をお届けします」
 ほかの詩人のひとたちの朗読を聞きながらあなたは横目で確認した。
「浮気の調査対象であるあなた様にも報告書をお届けする。それが葦田鶴優明花(あしたづゆめか)様のご依頼です。お受け取りの上、ご確認くださいますようお願いします。なお」
 なお?
「高尾山から陣馬山に縦走した日。ふたりが利用したバスの行き先は相模湖駅ではなく藤野(ふじの)駅です。ふたりが相模湖駅を利用したのは、高尾山から相模湖まで縦走したあと駅前で見つけた食堂(かどや食堂)で、ぬか漬けの盛り合わせを肴にビールを飲んだ。別の1日です。最低時給探偵」

「これよ」
 手帳型のカバーをめくり、指で弾いてからスマホを渡された。報告書と一緒に送られてきた「浮気現場の証拠写真」だった。
 どこでそんなものを手に入れたのか。燕岳(つばくろだけ)にふたりで登ったときの写真だった。
「やっぱり。4年前に見せるべきだった。公表するべきだった」
「いや。さすがにそれは」
 無理だった。なにを言われるかわかったものではなかった。
「もちろん。最低時給探偵で検索してみた。でも見つからなくて。ごめん。ちょっと待ってて」
 あなたはトートバッグの中から財布を取り出し、外に出て行った。美容室の前に待たされていたタクシーの後部座席に乗り込み、クレジットカードで精算している。
 雨はまだ降りつづけていた。天気予報の言ってた通りである。夕方になってもまだ風が強く、山小屋の屋根や二重になった窓を叩く、山頂付近のような雨が降っている。
 2023年6月2日(金曜日)。午後4時31分。もうすぐ32分になろうとしている。「わたしはいいよ」の意味が、ようやくわかった。
 ふたつめのリフトを降りると少し離れたところに廃墟があった。近づくと「女子滑降スタートハウス」と犬小屋みたいに書かれていた。
 長野オリンピック(1998年)のときに建てられたものなのか。雪がないから廃墟に見えただけかもしれない。そのうしろに林道の奥の駐車場から登る別のルート(黒菱ライン)のリフトが見えた。
 見える。
 2019年7月26日(金曜日)。あの1日はまだあの1日の中にいた。

(『わたしを見つけて』8)

著者:横田創
校正:矢木月菜
装丁・組版:中村圭佑(IG /TW
WEB:橋本忠勝(リブアーク
編集:竹田信弥
発行:双子のライオン堂